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考え、議論するフォーラム / コラム

分身ロボットカフェ体験記

 分身ロボット「OriHime」「OriHime-D」を、ALS(筋萎縮性側索硬化症)などの重度障がいを持つ方や様々な事情で外出が困難な方が遠隔操作をし、カフェを運営する公開実証実験を仕掛けているのが、株式会社オリィ研究所の吉藤オリィ氏です。

 前回、オリィ氏にインタビューを行い、分身ロボットカフェ開催の狙いと目指す未来について聞いてみました。 (インタビュー記事はコチラ) そして、今回は実際に参加された方の体験記をご覧ください。

◆寝たきりになっても“もうひとつの体”で働ける未来を

 オリィ氏がクラウドファンディングで分身ロボットカフェの開催を呼びかけると、1,040万5,500円もの資金が集まりました。それは、ミッションとして掲げている「孤独の解消」に多くの人たちが賛同しているからでしょう。同カフェでは、「パイロット」と呼ばれる遠隔地のALS患者の方が分身ロボットを通じて接客してくれます。

 私もクラウドファンディングのリターンにより参加チケットを入手し、2019年10月に参加しました。「自分の老後が心配だ」と語る60代後半の母も連れ、身体的不自由さを超えて働ける可能性を考えようと、前年に続き分身ロボットカフェを体験しました。

◆テーブルで世間話!そこにいないのに存在を感じる

 分身ロボットカフェの入口には、パイロットたちの写真が飾られています。ALSをはじめとした難病や、事故により体が不自由になった方などそれぞれの背景は多様です。2年続けてパイロットとなった人だけでなく、前年の分身ロボットカフェの様子を見て「新たな一歩を踏み出すチャンス」と考えた人も多かったようです。

 席に着くと、分身ロボットOriHimeがテーブルに一台配置されているのが目に飛び込見ます。OriHimeが隣のタブレットを使い、自己紹介をしてくれて、会話が楽しめます。私たちがお話したのは、交通事故に巻き込まれて脊椎を損傷し車椅子での生活となった女性でした。

 OriHimeはまるで、その人が目の前にいるような感覚で会話を楽しめます。この方は、外出は困難になったものの、お子さんを育て、愛犬と暮らしていました。「ワンちゃんがいるんですね」などと、世間話を交わすウチの母。距離による隔たりを感じさせませんでした。

 分身ロボットの特徴は、その存在感です。敢えて、個性を排除して能面のような顔にすることで、遠隔で操作しているその人自身に見えてくるのです。デバイスの個性を廃することで、操作者の個性を浮き彫りにしているのです。

◆「働けることが嬉しい」、外出困難な方の働く可能性を広げる

 分身ロボットOriHimeは家や病院など遠隔にいながら操作をして、コミュニケーションを取ることができます。そして、OriHimeを自走式にして、大型化した120cmのOriHime-Dを開発したことにより、外出困難な方が肉体的な労働もできるようになりました。

 パイロットたちは、自分の体の動かせる部位を使ってロボットを操作します。冒頭の挨拶や飲み物を運ぶ接客をOriHime-Dが行い、ドリンクオーダーや提供までの待ち時間の接客をOriHimeが担当していました。挨拶で、「本当に働けることが嬉しい」と涙ながらに語ったOriHime-Dの姿が非常に印象的でした。

 遠隔での操作をスムーズにするために、床にラインを引いてロボット同士がぶつからないように配慮したり、衝撃を吸収するコースターを使用したりと、細かな配慮をしています。何度もシミュレーションを重ね、現在の形になったのでしょう。

 メニューは、ホットコーヒーかオレンジジュース。運ばれてきたドリンクを飲みながら、引き続きOriHimeと会話を楽しめます。

◆もうひとつの体を持つという発想

 開発者の吉藤オリィ氏は、「孤独の解消」を目的にOriHimeを作り出しました。「ベッドで毎日天井を眺め続けるのではなく、会いたい人に会えて、行きたい所へ行ける心の車椅子、それがOriHimeというロボットの原点だ」と語ります。

 自分の体を一体だと考えるのではなく、テクノロジーにより複数の体を持つことでいつまでも働ける可能性が広がります。体が動かなくても働けるならば、「自分の身体を自分で介護できる時代が訪れるかもしれない」とオリィ氏は言います。

 オリィ氏は今後、分身ロボットカフェは常設化を目指しています。

 分身ロボットで仲間と働き、社会に参画して、いつまでも人と繋がり続けられます。そんな未来は、そう遠くないかもしれないです。分身ロボットカフェで、テクノロジーは人がより豊かに生きていくためのツールなのだということを改めて実感することができました。

佐藤智(さとう・とも)
教育ライター。両親ともに、教師という家庭に育つ。
都留文科大学卒業後、横浜国立大学大学院教育学研究科へ入学、修了。
中学校・高校の教員免許を取得。中央経済社、ベネッセコーポレーションの教育情報誌『VIEW21』の編集を経て、独立。株式会社レゾンクリエイトを設立。

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