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ロボットアニメと言えば『機動戦士ガンダム』。世界中で大人気。誰もが見たことありますよね?編集部の私も大好きです。
今回、「僕たちはガンダムのジムである」著者の常見陽平さんに、量産型のジムが教えてくれた人材論を執筆いただきました。現代社会から見るジムの美しさは何なのか?じっくり読んで考えてみてください。
◆ジム登場の衝撃
「胸が張り裂けそう」だった。いかにも日本のロックの歌詞にありそうなフレーズだ。
私がこの言葉を意識したのは、『機動戦士ガンダム』だった。第29話「ジャブローに散る」を見たとき、私は身震いした。硬い頭に釘を打ち込まれたような衝撃だった。まさに「胸が張り裂けそう」だった。
この回は、想いを寄せていたジオン軍のスパイのミハルを失ったカイの名セリフ「ミハル、俺はもう悲しまないぜ。お前みたいな娘を増やさせないために、ジオンを叩く!徹底的にな!」、左遷されていたシャアの再登場、主人公アムロが想いを寄せていたマチルダ中尉の婚約者であるウッディ大尉の死などドラマはテンコ盛りだ。「神回」「傑作」と言われている。
これだけでも「胸が張り裂けそう」なのだが、私がこの言葉を体感したのは、地球連邦軍の量産型モビルスーツ、ジムの登場と、その大破シーンだった。シャア専用ズゴックの爪がジムを突き刺した。本当に「胸が張り裂け」てしまった。
ジムに、私の心は鷲掴みにされた。シンプルなデザインとカラーリング、ビーム・スプレーガンというシンプルな武器、ビーム・サーベルもわずか1本。なんて、潔いのだろう。佐藤可士和的な研ぎ澄まされたデザインだと感じた。単なるガンダムの量産型、廉価版とは感じさせない、洗練された潔さ、美しさを感じた。
「美しいデザイン」というものがある。ファッション誌、ライフスタイル誌などでは服、時計、クルマ、家具、日用品などの「美しいデザイン」の特集が毎月のように組まれている。雑誌の特集だけでなく、仕事で訪問するオフィスにしろ、街角のカフェにしろ、普段使うスマホや文房具など、私たちは美しいデザインに囲まれて生きている。
ロボットに関しても「美しいデザイン」というものがある。美しいロボットをあげだしたら止まらなくなる。2019年秋にリリースされた米アップル社の最新スマホiPhone 11 Proは、発表された瞬間からTwitterに「ボトムズのスコープドッグだ」という声が多数投稿された。同機にはシリーズ初となる3つのカメラが搭載されたし、初のミッドナイトグリーンという色が登場したが、これはアニメ『装甲騎兵ボトムズ』の主人公登場機“スコープドッグ”の顔つきそっくりだったのだ。
他にも『重戦機エルガイム』のヘビーメタル(ロボットの名前)、主人公機のエルガイムにはスマートな美学を感じた。『機動戦士ガンダム』シリーズの、モビルスーツ(ロボットの名称)主人公搭乗機であるRX-78ガンダムにはトリコロールカラーの美を感じたし、続編の『機動戦士Zガンダム』のZガンダムや百式は腕や脚がとにかく美しい。
◆ジムの潔さ、美しさはどこにあるのか
しかし、私にとって、デザインだけでなく、その位置づけも含めて、もっとも「美しいデザイン」だと思うロボットはこの、『機動戦士ガンダム』に登場するジムなのだ。これほどシンプルかつ美しいデザインのロボットがあっただろうか。
悲しきかな、ジムの潔さ、美しさは、その「やられっぷり」にある。登場してすぐに、シャア専用ズゴックの餌食となった。そのやられるシーンは、爪で胸を一突きであった。カイの名セリフや、ウッディ大尉の死など、本来、泣くべきポイントにももちろん涙する。ただ、シャア専用ズゴックの爪がジムを切り裂くシーンもロボットアニメ史に残る名シーンだと断言できる。「泣くがよい、声をあげて泣くがよい」と言いたくなる。
その後、最終回の第43話「脱出」まで、ジムは大きな役割を果たす。物語を盛り上げる名脇役としてだ。コロニーレーザーなど、大量殺戮兵器の餌食となる様子や、ザクやドムなどジオン軍の量産型モビルスーツと対戦するシーンなどもだ。この大勢の兵同士が対峙したり、バタバタと倒されたりするのは、大河ドラマなどにも通じる圧巻のシーンである。
何より、このジムは主人公やそのライバルが搭乗するモビルスーツとは異なり、等身大の存在であることに注目したい。みんながアムロ・レイやシャア・アズナブル、さらには彼らが搭乗するガンダムやシャア専用ザクに憧れる。ただ、冷静に考えると私たちはジムやザクのようなものではないか。
38歳のとき、私は15年間の会社員生活にピリオドをうった。会社員には向かないと言われつつ、3社渡り歩いた。ふと気づいたのは、自分は『機動戦士ガンダム』のジムのような存在だということだ。さだまさしの「主人公」ではないが、自分の人生という物語の中では、私は主人公だ。しかし、社会や会社の中ではジムのような存在だということに気づいたのだった。
受験勉強をして、第一志望の高校や大学に受かった。北海道から内地にも出てきた。業界トップの企業を渡り歩いた。何かが変わると思っていた。でも、何も変わらなかった。著者デビューもした、大学の先生にもなった。しかし、自分が行きたい「ここじゃないどこか」にたどり着くたびに、そのたびにジムのような存在であることを認識する。
しかし、ジムであることは悪いことなのか? そうではない。15年間の会社員生活で、さらには45年間のこれまでの人生で気づいたのは、世の中は1%のガンダムやシャア専用ザクではなく、99%のジムやザクで動いている。もちろん、格差社会となっており、その上位数%の影響力はますます高まっている。ただ、量産型の存在がなければ社会は動かない。
◆「行こうぜ、満員電車の向こうへ!」
会社員時代にラッキーだったのは、ジムのような存在でありつつ、会社に貢献する人たちと一緒に仕事をできたことだった。トップ営業マンを支える企画マン、出世競争で抜かされ部下として後輩を支えるベテラン社員、万年係長だが組織にとってなくてはならない人などだ。ジムの美学を痛いほど味わいつつ、生きてきた。弱さの強さのようなものを感じた。
そんな想いを2012年に『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)にまとめた。スマッシュヒットし、私の代表作となった。著名な学者たちの著書にも引用された。
AIの利活用、外国人労働者の拡大など、私たちの仕事がなくなるかのような危機論がメディアに跋扈する。そのために、AIに負けない人材、グローバル人材を目指せという話になる。とはいえ、普通の人の、普通の幸せ、特に働く喜びと適切な報酬がなければ社会は回らないというのが、私の揺るぎない主張である。
かなりのネタバレだが、私の本は「行こうぜ、満員電車の向こうへ!」というメッセージと、映画『機動戦士ガンダム めぐりあい宇宙』において、ジムがリックドムを撃破するシーンで終わる。このメッセージとシーンに涙したという声を多数頂いた。
満員電車をみると、みんながジムのように見える。いかにも社畜な光景のようで、その強さを感じる。美味しいところは全て、ガンダムとシャア専用ザクが取っていく。でも、ジムの存在は微力のようで無力ではない。自分自身がジムのような存在であることを受け入れることで人生は広がる。その潔さ、美しさに私は涙するのである。
--最後に編集部より--
みなさん、いかがでしたか?ガンダムに登場するロボットやキャラクターには、泥くさい人間ドラマや、ロボットが果たす重要な役割が描かれており、社会への深いメッセージが込められているのだと思います。
今後も、アニメや映画に描かれたロボットが私たち人間に教えてくれるメッセージを取り上げていきたいと考えています。乞うご期待ください。
常見陽平(つねみ・ようへい)氏
●千葉商科大学国際教養学部専任講師/働き方評論家/いしかわUIターン応援団長。
北海道札幌市出身。一橋大学商学部卒業、同大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。リクルート、バンダイ、ベンチャー企業、フリーランス活動を経て2015年より千葉商科大学国際教養学部専任講師。専攻は労働社会学。大学生の就職活動、労使関係、労働問題を中心に、執筆・講演など幅広く活動中。『僕たちは育児のモヤモヤをもっと語っていいと思う』(自由国民社)、『社畜上等!』(晶文社)『「働き方改革」の不都合な真実』(おおたとしまさ氏との共著 イースト・プレス)『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社新書)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など著書多数。
公式サイト:http://www.yo-hey.com