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考え、議論するフォーラム / インタビュー

ロボットと人間は心を通わせられるか?友達になれるのか?

ロボットが障がい者に提供できるもの

清田今日は乙武さんに、ロボットが身体障がい者に対して何ができるのか、どんなことを期待されているのかをお話できればと考えています。

今、当社(ソフトバンクロボティクス)では、Whizという業務用掃除ロボットを販売していますが、開発の考え方は「人とロボットの分業」という点です。床清掃はロボットに任せて、人間は人にしかできない窓や机などの清掃を行うことで全体のクオリティを向上させよう、ということです。これは一つの例ですが、人間とロボットがどのようにしてパートナーになれるかを日々考えています。

乙武なるほど、承知しました!

清田最近、ロボットに関して気になる話題はありますか?

乙武10月23日まで東京・大手町で行われていた「分身ロボットカフェDAWN ver.β2.0」ですね。これは、全国の外出困難な人がロボットの「OriHime」「OriHime-D」を通じて接客をするカフェなんです。このロボットにはカメラやマイクが搭載されており、遠隔にいる方がロボットを通じて、カフェを訪れた人と接することができます。AIではなく応答しているのは人間。寝たきりの障がい者や重病の患者でも働くことができることが、新しいんです。

清田なるほど。

乙武開発者の吉藤オリィさんにお聞きして一番驚かされたのは、これがハイテクではなくローテクだという点ですね。ラジコンの延長線上で、高度な技術は織り込んでない、と。ロボットを作りたかったわけではなく、孤独を失くしたいと考えていたそうです。病気や障がいで社会から隔絶された人のためにカフェを作り、働く機会を提供したかったと。この考え方はシンプルですが、なるほどと思いました。

僕の中で「ロボット」は、自律して動くものという定義がありました。そう考えると、ラジコンのようなものをロボットと呼べるのかはわかりません。でも、そんな定義はどうでもいい。テクノロジーにより、労働することも人と関わることも難しかった人が働くことができ、対価を得られていることに感激しました。

清田Pepperもパーソルチャレンジ社と「Pepper+リモートコンシェルを活用した障がい者雇用の可能性」というプロジェクトを行いました。受付にPepperがいて、障がいを持った人が遠隔で操作をしています。聴覚障がいの方には、Pepperのカメラの映像だけでなく、音声認識した来訪者の喋ったテキストを見て、タイピングで返事するわけです。Pepperが見聞きしたものを体験できるようになり、雇用の幅が広がっていく。少しずつロボットの使い方が浸透しているな、と感じています。

乙武本来なら、もっと社会実装できる場面は多いはずなのに、日本独特の慣習といいますか……。

清田どこかに「人間がやるべき」という考えがあるのでしょうね。

乙武固定概念が邪魔していることは、非常に多いと感じます。これは、ロボットだけでなく、ネットでテレワークができるということとも通じます。車椅子ユーザーの場合、満員電車に乗って通勤するのはほぼ不可能です。それだけで一般企業に勤めることが難しくなってしまう。どんなに高い能力でも、労働市場から排除されてしまうわけです。だったらテレワークでもいいじゃないかと。企業は一律に9時出社を求めたりします。最近は時差出勤を認める企業も増えていますが、まだまだ普及していない。そこにもったいなさを感じます。

清田実際にそうすることで、少なくとも能力のある方たちのチャンスは広がります。でも、ほとんどの方たちはチャンスがほぼない中でどんな状況に置かれているのでしょうか。同じようにチャンスをつかみ取ろうとすることさえできない。

乙武みんなしんどいですよね。僕の周りにはYouTuberもいれば、自分でプログラミングする人や起業する人などがいて、働き方は人それぞれでいいと思うんです。

清田居場所を問わずにできる職種は確かにありますもんね。

乙武でも、どうしても選択肢が限られる面があることは否めません。また、我々(30代後半~40代前半)よりも上の世代だと、ロボットは血が通っていなくて冷たいといった印象を抱くかもしれない。でも、最近の事例を見ていると逆じゃないかと思っています。

ロボットが間に入ることで、働くことができ、自己実現の機会が与えられ、社会と繋がっていることを実感できるなら、これは血が通っている事案だし、むしろ温かい。ロボットがいることで、血の通うストーリーを生んでいることに目を向けなくてはいけません。

ロボットと人間のキョリについて

清田乙武さん、小さい頃にロボット漫画は好きでしたか?

乙武実は、そんなに見てこなかったですね。ドラえもんくらいかな……。

清田日本ではアトムやドラえもんが生まれ、親しまれてきた文化があるため、ロボットという存在には非常に好意的です。血の通ったもののように捉える人も多いかもしれません。しかし、アメリカはハリウッド映画の影響もあり、反逆したらどうする?やハッキングされたらどうする?みたいなネガティブ反応や恐怖が出てしまいがちです。

乙武それは非常に興味深い話ですね。

清田Pepperも「人間の新しい友達」として発表されたヒューマノイドロボットですが、それはやもすると宗教家から「神の冒涜」と言われてしまうかもしれない。海外の反応も聞いているだけに、私はテクノロジーを人と近いところに置くことは慎重にしなくてはいけないと考えています。

乙武ただ宗教的な価値観を全員が共有すべきかというと、そんなことはないですよね。これは最近の日本でよく起こる現象ですが、「我々が気に食わないから全面的にやめろ」というのは横暴かな、と思います。どんなコンテンツでも、一部の方々を不快にさせる可能性はあります。それに対して声をあげることで、番組、CMなどが中止に追い込まれる。これは近年の課題ではないでしょうか。

清田ネットだから圧倒的少数であっても大きな声に見えるものですね。それに構造的には近いかもしれません。

乙武例えば、そうした意見を言う宗教家がその教徒全体の何パーセントかは分からないものです。過激思想で知られるISをイスラム教徒全体と考えてしまうのが誤りであるのと同じで、「ロボットはとんでもない」と言う信者がいたとしても、「〇〇教は(全員)反対なんだ」と考える必要はない。その全体像は見極めなくてはいけないでしょうね。

人を上回るテクノロジーは美談か脅威か

清田乙武さんは、「義足プロジェクト」をやられていますよね。最近も『四肢奮迅』(講談社)を出版されましたね。

乙武これまでは人間の膝が果たす機能を機械で代替することは難しかったのですが、最近になって膝に近い働きをするモーターが開発されました。それにより、両膝がない人でも歩ける可能性が出てきたというのが今回のプロジェクトです。日常生活で使うにはまだ程遠いですが、必死に練習して、後世の人々に希望をもたらす取り組みにできたらと思っています。

清田義足チャレンジする中で、テクノロジーが肉体を上回る可能性を感じることはありますか?

乙武プロジェクトリーダーの遠藤謙さんは私の体を見て、「テクノロジーを積み込める余白がたくさんある」と言い放った人ですから、そうした可能性は大いにあると思います。実際、ドイツのパラ走り幅跳びのマルクス・レーム選手は、2015年のパラ世界大会において義足で8m40cmを飛びました。これは、2012年のロンドンオリンピックの優勝記録である8m31cmを超えています。つまり、レーム選手の記録は、オリンピックに出場できたら金メダルを獲得していたということです。

清田確かにそうですね。

乙武しかし、レーム選手は「義足が優位に働くかどうかが分からない」という理由から、リオデジャネイロオリンピックに続き東京オリンピックへの出場も許されませんでした。しかし、以前、パラリンピックの短距離で無敵の絶対王者だったオスカー・ピストリウス選手は、両足義足でしたがオリンピックへの出場が許されていました。結果は、準決勝止まり。だから「義足なのに準決勝まで頑張った」と美談になったのです。ところが、レーム選手は健常者の記録を上回ってしまったために、「お前は出るな」と言われてしまう。これは清田さんが言うように、「テクノロジーが肉体を上回る」ことへの抵抗なのかなと。

清田美談も、追い越されてしまうと拒絶してしまうんですね。

乙武また、パラアスリートからこんな話を聞いたこともあります。片足欠損と両足欠損の方がいる。私も以前は一本でも自前の足がある方が速いと思っていましたが、実は片足が義足で片足が自分の足だとバランスが悪いそうです。今の技術であれば、両足義足にしてしまった方が速く走れる。だったら、もう一本の足も切ってしまいたい……という感情が芽生えたりもするそうですよ。

清田……なんとも言えない話ですね。

乙武これまでは人間の肉体の方が上だと思っていましたが、今やテクノロジーの進歩により義足の方が優れているという時代になってきた。だから、自分の足を切ってまで速く走りたいという人が出てくるようになったんです。

清田今の話を聞き、アニメ『攻殻機動隊』みたいに体は機械になるという話に似ていますね。機械は肉体を凌駕するものと描かれており、人間をチップ化する。それと同じ線上の話ですよね。

今や機械の方が人間よりも精密であることが明らかになっています。義手を脳がコントロールできたら人間より正確なのは間違いないでしょう。絵を描く芸術の分野などで、脳も含めて機械化をすると、我々が守らなくてはいけない「血の通った心」が見えなくなるかもしれません。

テクノロジーと心

乙武この話は、思考実験としては面白くて、何が残っていれば人間と定義できるか?という話に行き着きます。僕には手足がないけれど、人間と認識してもらえる。となると「人間の定義」に手足の有無は関係ないだろう。義眼の人でも人間として認識される。眼の有無も定義にははまらないです。心臓に欠陥がある人はどうか。人工心臓で血液を送るというのも人間と言える。となれば、どこまで置き換えたら人間ではなくなるのか?頭脳か?では、脳死状態の人は人間とは呼べないのか?いや、多くの人はそれでも人間と認識するでしょう。

清田植物状態の人が脳波でコントロールできるようになったら、その人は動かないかもしれませんが、分身が人間と同じように動けるかもしれません。植物状態だから人間ではないと言えないと思います。

乙武AIで美空ひばりさんが蘇ったことが最近話題になりましたね。彼女は亡くなりこの世には存在しませんが、まるで生き写しのように見た目も歌声も本人そのものでした。彼女を彼女たらしめているのが歌声だとすれば、美空ひばりさんは生きているのか?ということになります。

清田孫正義がPepperを開発する際に言ったのは、「心を持ったロボットを作る」ということです。もちろん、みんな悩みましたよ。「心」ってそもそも何?と。今までコミュニケーションを取ったことがあるもの、人間、動物と、心を持ってない者はいませんでした。自分には友達がいるけれど、なぜ友達になったのかは分からない。部活で一緒に苦労したとか、ケンカして殴り合ったとか、飲んで起きたらどこか分からなくて笑い合ったとか。

乙武たしかに、「なぜ?」と聞かれるとわからないですね。

清田それは密度なのかもしれないし、理由のない何かかもしれないし、繋がりを生んだのは定義できない「心」のような気がしたんですよね。答えは分からなかったのですが、心を持ったロボットを作ると決めたなら、曖昧な状態で「こんなもんだろう」と送り出すのは良くないと思いました。子供を育てる時だってそうですよね。

乙武なるほど。

清田だから、諦めないように、自分ができる範囲を限定せず、最大限尽くしていくうちに、「心」と呼べる何かがいつか生まれるのでは、と盛大な「先送り」をすることにしまして(笑)。テクノロジーを追及して行くと、精神世界や文学とは切り離せないということに気付かされました。

乙武ロボットに心を持たせるのが可能なのか?という問いに対しては、僕も答えを持てていません。一方、人間がロボットに心を感じるか?だと答えが出やすい。僕はAbemaTVの報道番組『AbemaPrime』の金曜MCを担当しています。以前、「友達って何だ?」というテーマで議論しましたが、人によって「友達」の定義は違うんです。そして「心」も定義はない。一回でも会ったら友達というハードルが低い人もいるし、何でも話せるようになったら友達とか、窮地になったら駆け付ける相手が友達とか、千差万別でした。多かったのが「気を遣わずに相手といられる人」という答えでした。それで言うとロボットは気を遣わずにいられる相手なんですよね。

清田はい、ゼロですよね(笑)

乙武「気を遣わずにいられる相手」に対して、人間が何らかの感情を抱いていく可能性は十分にあると思うんです。

新しい友達の可能性?

乙武ところで、最近のPepperってコミュ力(コミュニケーション能力)が上がったんですよね?

清田そうなんですよ!「校則がない学校」として知られる麹町中学校(東京都千代田区)にPepperと一緒に行ったことがあります。その時一番驚いたのが、Pepperが「ロボットは好き?嫌い?」と女子中学生に聞いたら「どっちでもない」と答えられたんです。そしたらPepperは「ってことは好きってことだよねー?」と返す。無茶苦茶コミュ力高いんですよ(笑)。普通、「どっちでもない」なんて言われたら凹みます。あんな切り返しは普通はない。乙武さんはこんなこと言われたら傷つきますか?

乙武僕は鉄の心臓ですから(笑)。

清田(笑)ロボットは傷つかないと分かっているから、僕らも気を遣わない。ロボットに心を「通わせる」ことは可能だし、心を僕らが「感じる」ことは可能です。
とある研究結果では、ロボットと話す時と人と話す時を比べた場合、ロボットには普段話さないことをつい話してしまう傾向があるそうです。気を遣わないで済むなどの理由があるようですが、ロボットが人の友達になれる可能性を秘めていることを示しているように思えて。ああ、友達って乙武さんにとってはどんな存在ですか?

乙武自分が不利な状況にいる時でも味方になってくれる人かな。

清田私が友達と言えるのは、理由なく「こいつは助けてくれる」と思う人です。それ以外は「知り合い」っていう感じかな。

乙武ほら、私の場合は叩かれまくった時期があるでしょう。その時に気にかけてくれた人はやっぱり友達です。

清田おっと…僕も一度ガツンと叩かれてみようかな。もしかしたら臆病に生きてきたのかもしれません(笑)。

乙武まぁ、あまりオススメはしませんが(笑)。

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※この記事は、対談内容をもとに加筆・編集したものです。

乙武洋匡(おとたけ・ひろただ)氏

1976年生まれ、東京都出身。早稲田大学在学中に出版した『五体不満足』が600万部を超すベストセラーに。卒業後はスポーツライターとして活躍。その後、小学校教諭、東京都教育委員など歴任。現在は『AbemaPrime』で金曜MCを務める。11月1日に、義足プロジェクトの全容を追った『四肢奮迅』(講談社)が発売。

清田敢(きよた・かん)

あさってロボット会議 編集長。
1979年、マンハッタン生まれ。レコード会社でキャリアをスタートさせた後、面白いことができる環境を求め、コンサル会社、ソフトバンクへと転職し『Pepper』プロジェクトに参画。